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2016年12月25日 (日)

ロマリーニョの帰国後のインタビュー

ど~も、あるサポータ氏に尊敬しているとツイートされて困惑しているPさんです。

さてさて、久しぶりのエントリーとなる今回はツイッターで流れてきたブラジル紙のロマリーニョの日本での経験、というか金沢での経験のインタビューを読んだのでその感想です。

ロマリーニョはブラジルのクラブでは出場機会に恵まれなかったのと、偉大なるロマーリオの息子と見られることから逃れるため日本にツエーゲンにやってきました。日本代表を目指すというインタビューも読んだ記憶があります。当然のことながらツエーゲンでレギュラー獲得、J1昇進を望んでいたはずでしたが、実際は途中出場で何試合か出場しただけで(5試合ぐらい?)、いかにもブラジル選手らしいドリブルで見せ場を作ったこともありましたが、活躍したとは言い難く10月に怪我のため帰国のリリースで出てそのまま移籍が報じられました(ツエーゲンからの退団リリースは出ていないはず)。

前述したドリブルで見せ場を作った試合でも自分でシュートを撃ってザキさんになんで出せないとポーズされ(シュートの選択は間違っていないし、ザキさんのなんでも間違っていません)、カターレとの練習試合では最後の交代選手として出場し、周りの選手からポジショニングについてものすごく指示されていました。そんな場面を見ていて、レギュラーも獲れないまま帰国したので日本に良い印象を持っていないのではと思っていました。

ところが今回の記事を読むとそんなことはなかったんですね。

まずは偉大なるロマーリオの息子という呪縛から解放されたことについてこう語っています。
「日本ではただのロマリーニョだった。みんなパパの事は知ってるし、世界中の人が知っている。日本だってそうだけど、でもただのロマリーニョでいられた。ブラジルではいつも比較される。慣れてはいるけどね。だけど日本では自分の足で結果を出すだけだった。」
長嶋一茂氏がアメリカマイナーリーグか中南米でプレーしていたらこんな感想を持ったかもしれないですね。

なかなか出場機会をつかめなかったことについては他に責任転嫁することなくこう語っています。
「まだ若い選手にとって、海外に出れば、フィットするのに時間がかかる。」
「ポジションを変えて中盤でプレイしていた。ブラジルでは前線のサイドでプレイしていたけど、金沢はそういうシステムでやっていなかった。ようやくフィットして来たと思ったら、怪我をしてしまった。」
「日本では中盤でプレイしなければならなかった。金沢は2トップと4人の中盤のシステムだった。だから中盤のサイドでプレイして、ディフェンスもしっかりする必要があった。戦術的な理解を求められた。練習で悪ければ、評価は悪くなる。だから全力でやらないといけない。」
このディフェンスもしっかりする必要があった、戦術的な理解を求められた、というところが最大のポイントでしょう。

そしてそのことに対しては非常に謙虚にこう語っています。
「練習で悪ければ、評価は悪くなる。だから全力でやらないといけない。日本人選手達は練習の1時間前には来てボールを蹴り始める。練習が終わってもジョギングする選手もいる。最初はそれに驚いたけど、練習が終わったらロッカールームに直行していた。だけどその後それが自分にとって良い事だと気付いて、彼らと同じようにする事にしたんだ。前はそんな事全く考えてなかったけどね。練習をすればする程、自分はもっと上手くなる。試合での変化を強く感じた。戦術的には全てが正しかった」

戦術的には全てが正しかった、こう思っていたから批判的な内容にならなかったのでしょうし、森下前監督の選手掌握術も伺えます。

「ようやく3か月目に自分のポジションをつかんだ。」というのはレギュラーということではなくて、FW(前線のサイド)でなく2列でのポジションが固定されたというぐらいの意味でしょうね。

失意の日本生活と勝手に思っていましたが、シーズン中でも思ったとおりロマリーニョはナイスガイでした!
一方でPさんの人間性に問題があることがはっきりわかりました!

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