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2013年2月 2日 (土)

ヤマの思い出(1)

Mioに移籍の決まったヤマこと山道雅大。

ヤマのことを最初に知ったのが、2008オフの大量退団で暗ーくなっていたときに大阪体育大から星稜高校OBともう一人が入団決定という新聞記事を知った時でした(記憶では2008年だったと思いますが、信用しないでください)。
しかし、なかなかクラブから入団発表されずヤキモキしていてやっと発表されたのは2月後半。発表後名前をググると「大阪体育大のキャプテン」「右サイドバック」「大学サッカー界屈指の運動量」というワードが。2009シーズンも大量の選手入替があり、ダンマクも大量作成しなければならず、選手のダンマクをサポ一人1人が担当して作成することになって、Parkerさんは「大学サッカー界屈指の運動量」のいうワードから「ダイナモ 山道雅大」というダンマクを作りました。刈谷との入替戦で目立っていたこれですw

Photo


これまで何枚かダンマクを作ってきましたが、選手のイメージとピッタリ合ったことでこれまでのところ最高傑作だと思っていますw自分で評価していたため、翌2010シーズンにダンマクを作りなおす際もヤマのはイメージピッタリで作り直すはない(キリッと主張し、シーズン途中までそのまま使っていたのですが、シーズン途中で新しいダンマクをParkerさんの知らないところで作られました。なんで?と作成者に抗議したところ、ヤマからなんで自分のだけ昨年のままなのかと言われたとか・・・ヤマ、正直スマンカッタ・・・。

2009シーズンはJからのレンタル選手がレギュラーでヤマは当初控でしたが、そのレギュラー選手が途中交代させられてから退団したこともあって、シーズン半ばからガッチリレギュラーの座を掴みました。
プレーの特徴は先にも書いたとおり、豊富な運動量です。ポジションは守備的MFで、最初はビジュとのコンビでビジュが底からゲームを組み立てヤマは守備に重きを置いていたのかな?その後神戸からまー君がレンタル移籍してきて守備の負担が減って豊富な運動量を生かして3列目からの攻撃参加するようになってきました(注・この段落はあんまり信用しないでください)。
チームの中心選手としてJFL昇格に貢献。JFL昇格後の上野監督指揮下でも守備的MFのポジションでレギュラーで(2010年33試合、2011年27試合出場)、下がり目のポジションながら2年間で9得点を記録しています。ゴール集のNo29は実にヤマらしい得点!

ツエーゲン金沢ゴール集

続きます。

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